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秋田地方裁判所 平成7年(ワ)158号 判決

原告

有限会社安保農場

右代表者代表取締役

安保鶴美

右訴訟代理人弁護士

津谷裕貴

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

豊口祐一

主文

一  被告は、原告に対し、金七五六万二一二九円及びこれに対する平成七年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一二〇八万七五六〇円及びこれに対する平成七年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地で養鶏等を業とする会社であり、被告は、損害保険会社である。

2  原告と被告は、平成六年二月一日、保険の目的建物(別紙明細書番号一ないし一八)及び家財等、保険期間平成六年二月三日から平成七年二月三日午後四時まで、保険金額一億五〇四一万五〇〇〇円、年間の合計保険料五五万〇六八〇円とする店舗総合保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

右各建物の保険金額及び保険料は、別紙明細書所定欄記載のとおりである(C3・4棟三二〇万円、GH棟二一〇〇万円、I棟五一二万円。以下、上記の三棟の鶏舎を合わせて「本件各鶏舎」という。)。

3  店舗総合保険普通保険約款一条二項には、「台風、せん風、暴風、暴風雨等の風災(こう水、高潮等を除きます。)、ひょう災または豪雪、なだれ等の雪災(融雪こう水を除きます。)によって保険の目的が損害を受け、その損害の額が二〇万円以上となった場合には、その損害に対して、損害保険金を支払います。」と規定されている。

4  平成七年一月一七日から同月一九日にかけての降雪により、前記各建物のうち、C3・4棟、GH棟は同月一八日に、I棟は同月一九日に、屋根に積もった雪の重みのため、梁材が折れて屋根が落下した(以下「本件事故」という。)。

5  本件事故は、店舗総合保険普通保険約款一条二項所定の「雪災」に該当する。

6  損害

(一) 本件各鶏舎についての損害

一〇九八万七五六〇円

① C3・4棟三二坪

一四四万五五六〇円

② GH棟四八坪

四一八万〇一八〇円

③ I棟六四坪五三六万一八二〇円

(二) 弁護士費用 一一〇万円

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1ないし3は認める。

(二) 同4のうち、屋根上に積もった雪の重みにより梁材が折れて、本件各鶏舎の屋根が落下したことは認め、これが降雪によるものであることは否認する。

(三) 同5は争う。なお、被告の主張は、後記2記載のとおりである。

(四) 同6は争う。

2  被告の主張

(一) 「雪災」とは、異常な気象状況によって生じた雪による災害と解すべきであり、異常性のない日常的な雪によって万一被害が生じたとしても、保険金支払の対象とはならない。異常な気象状況とは、それぞれの地点で、月平均気温や月降水量が過去三〇年間あるいはそれ以上にわたって観測されなかったほど平均値から著しく偏った場合の天候、言い換えれば、三〇年以上経験しなかったほど稀で、極端な天候を意味する。

平成七年一月一七日から同月一九日にかけての降雪ないし積雪は、過去三〇年間の降雪量、積雪量と対比して、異常性のない日常的なものであるから、これによる被害は「雪災」とはいえない。

(二) 本件各鶏舎は、建築基準法上の建築物であり、建築確認を必要とする建物であるにもかかわらず、原告は建築確認を受けていない。本件各鶏舎は、建築基準法、同施行令に違反する違法建築物である。

(三) 本件各鶏舎は、その基本的・構造的部分、とりわけ建築基準法、同施行令に定められている構造耐力に重大な瑕疵があり、構造計算により求められる安全な梁材が用いられていれば、本件のような屋根の落下事故は起こり得なかった。

建築基準法、同施行令によれば、建築物の構造計算上、積雪荷重は、積雪の単位重量にその地方における垂直最深積雪量を乗じて計算することとされ、本件各鶏舎のある地域の場合、垂直最深積雪量は一五〇センチメートル、積雪の単位重量は積雪量一センチメートルごとに一平方メートルにつき三キログラム以上とすると規定され(秋田県建築基準法施行細則二五条二項及び三項)、さらに、多雪区域における常時荷重としての積雪荷重は、右規定により計算した数値の七〇パーセントに相当する数値とすることができると規定されているから(施行令八六条五項)、一平方メートル当たりの設計用積雪荷重は三一五キログラムとなる。

本件各鶏舎は、右のとおり、一平方メートル当たり三一五キログラム以上の荷重に対して主要な構造部材である柱、梁、基礎を設計する必要があるにもかかわらず、本件各鶏舎の場合には、脆弱な梁部材が用いられ、設計用の屋根荷重としては、一平方メートル当たり一〇キログラムから二〇キログラム程度でしか考慮されていなかった。

したがって、本件事故は、構造耐力上、本件各鶏舎に重大な瑕疵があったことによって、雪の重みに耐えかねた梁材が中央部分において破壊されたためであって、「雪災」には当たらない。

三  被告の主張に対する反論

1  平成七年一月一七日から同月一九日まで続いた降雪は、七年に一度の大雪であって、これは、「ひょう災又は豪雪、なだれ等の雪災」の「豪雪」にあたり、また、仮にそうでないとしても、「豪雪」は「雪災」の例示にすぎないから「雪災」にあたる。

2  建築確認を受けていない建物は保険の対象から除かれるとの規定は、店舗総合保険普通保険約款には存在しないから、本件各鶏舎が建築確認を受けていない違法建築物であるとの被告の主張は失当である。

3  仮に、建築確認を受けていない建物が保険の対象から除外されるとしても、次の本件保険契約締結の経緯等によれば、被告が、本件各鶏舎につき建築確認を受けていないことを理由に保険金の支払をしないのは信義則に反する。

(一) 原告は、被告代理店であるケンジャパン有限会社の佐藤賢から本件保険契約の勧誘を受け、その際に、右佐藤に対し、本件各鶏舎等に基礎がないことを理由に農業共済組合から契約締結を拒否されたことがある旨を告げた。したがって、被告は、本件保険契約締結にあたって、本件各鶏舎等に基礎がないこと、すなわち、本件各鶏舎について建築確認を受けていないことを知っていた。

(二) 右佐藤は、本件各鶏舎等に基礎がなくても、保険契約の締結は可能である筈であると述べ、さらに念を入れて、被告能代支社の社員佐藤公咲を現地に同行し、実地に本件各鶏舎等を検分したうえで、本件保険契約が締結された。

(三) 原告は、被告に対し、二年間にわたり年間五五万〇六八〇円の保険料を支払い、被告は、本件各鶏舎等について建築確認を受けていないことを知りながら、右保険料を受領した。

4  C3・4棟は平成元年に、GH棟は平成二年に、I棟は平成四年にそれぞれ建築され、本件各鶏舎は、平成七年一月まで風雪に耐え、全国的に大災害を引き起こした平成三年九月二八日の台風一九号の際にも持ちこたえてきた。したがって、本件各鶏舎が倒壊したのは、平成七年一月一七日から同月一九日までの七年ぶりの豪雪によるものであって、構造上の瑕疵によるものではない。

被告は、本件各鶏舎等を実際に検分したうえで、本件保険契約を引き受けておきながら、事故災害が発生するや、本件各鶏舎に構造上の瑕疵があると主張するのは、信義則に反する。

理由

一  請求原因1(原告及び被告の地位)、同2(本件保険契約の締結)及び同3(店舗総合保険普通保険約款一条二項の規定)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因4(本件事故の発生)について

1  証拠(甲第四ないし第七、第九の一ないし六、第一一の一ないし四、第一三の一及び二、乙第一、第二、第三の一、調査嘱託(山本郡南部地区消防署分及び山本土木事務所分)、検証、証人佐藤賢、原告代表者本人)によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、肩書地で養鶏等を業とする会社であり、秋田県内では、平飼卵の生産とマヨネーズの製造で良く知られた会社である。

(二)  C3・4棟は平成元年に、GH棟は平成二年に、I棟は平成四年にそれぞれ建築されたものであり、老朽化はみられない。本件各鶏舎は、間口は四間で奥行は各棟によって異なり、材料は、梁材及び柱材一寸五分×三寸、天井たる木一寸×一寸六分と細いものが使用されている。

(三)  制度資金等の対象となるような近代的な施設である鶏舎は、坪当たりで三〇万円を超える建築費を要するのに対し、本件各鶏舎は、C3・4棟及びGH棟が坪当たり七万円、I棟が坪当たり四万円と、低廉な建築費で建築され、いずれも基礎がなく、右(二)のとおり、程度の劣った材料が用いられ、建築基準法上の建築確認も受けていない。

本件各鶏舎が右のようなものであるのは、原告代表者が、鶏舎に多額の資金を投入するよりも、鶏の世話に経費をかけ、かつ、自然に近い状態で鶏を育てる方が優良な鶏卵が生産できるとの考え方を基本に置いていることによるものである。

(四)  建築基準法及び同施行令、秋田県建築基準法施行細則の上では、一平方メートル当たりの設計用積雪荷重三一五キログラムに対して主要な構造部材である柱、梁、基礎を設計する必要があるが、本件各鶏舎の場合には、前記のとおり、細い梁材、たる木が使用されているため、設計用の屋根荷重としては、一平方メートル当たり一〇キログラムから二〇キログラム程度でしか考慮されていない。

被告提出の株式会社白鳥建築構造事務所作成の鑑定書によれば、部材の比較的大きいI棟でも、二二センチメートルの新雪が均等に積もった場合には、建物の倒壊につながるとしている。

(五)  本件各鶏舎がある山本郡山本町は、豪雪地帯対策特別措置法で豪雪地帯、特別豪雪地帯指定地域に指定されている。

本件各鶏舎は、風が強い高台に位置し、風で雪が飛ばされて屋根上に雪がそれほど積もらず、建築以来本件事故まで、雪による被害を受けることなく経過してきた。

また、全国的に被害をもたらした平成三年九月二八日の台風一九号の際にもC3・4棟及びGH棟は被害を受けなかった。

(六)  本件各鶏舎がある山本郡山本町に平成七年一月一七日から同月一九日にかけて降雪があり、同月一八日にC3・4棟及びGH棟の屋根が落下し、また、同月一九日にはI棟の屋根が落下し、本件事故が発生した。

被害状況は、C3・4棟三二坪のうち東側C3棟部分一六坪、GH棟四八坪のうち東側H棟部分二〇坪、I棟六四坪のうち南側一六坪であり、本件各鶏舎倒壊の原因は、梁部材が、屋根に積もった雪の重みに耐えられず、中央部分で破壊されたことによるものである。

(七)  秋田県山本郡での一七日から一九日にかけての降雪量は、一七日三三センチメートル、一八日一八センチメートル、一九日二七センチメートルであり、積雪量は、一七日三五センチメートル、一八日二五センチメートル、一九日三〇センチメートルである(山本郡南部地区消防署観測資料)。

また、能代市での降雪量は、一七日二七センチメートル、一八日一五センチメートル、一九日一四センチメートルを記録し、積雪量は、一七日三四センチメートル、一八日四〇センチメートル、一九日四二センチメートルを記録した(山本土木事務所観測資料)。

(八)  過去の降雪量及び積雪量をみると、秋田地方気象台による能代市の観測資料によれば、過去三〇年間における最大積雪量月計は、昭和六一年二月の二一四センチメートルであり、最大積雪量の日は、昭和四九年二月一四日の一二〇センチメートルである(ただし、昭和四一年以降、観測方法が降雪量について二度、積雪量について一度変更されているため、厳密に比較対象することが困難であり、また、昭和四九年二月の最大積雪量は、極めて突出した記録である。)。

これに対し、同資料によれば、平成七年一月の降雪量月計は、一七一センチメートルであり、同一の観測方法がとられた昭和五九年以降では、昭和五九年一八四センチメートル、昭和六〇年一七七センチメートル、昭和六一年一八五センチメートルに次いでのものである。また、平成七年一月中の最大積雪量の日は、一八日の五〇センチメートルであり、同一の観測方法がとられた昭和五六年以降の一月中の最大積雪量の日と対比すると、昭和五九年の六四センチメートル、昭和六〇年の八三センチメートル、昭和六一年の五六センチメートルに次ぐものである。同資料によると、雪の多い年は、一定の周期で到来して数年間続く傾向がみられるが、平成七年一月の雪の量は、雪の多い他の年と比較しても少なくない。

秋田県能代山本地方の一七日から一九日にかけての降雪について、新聞紙上でも、近年暖冬傾向で推移してきたが、七年ぶりの大雪に、市民らが除排雪に追われる様子が報道されている。

2  右事実によれば、本件各鶏舎は、平成七年一月一七日から同月一九日まで続いた降雪により、その梁材が屋根の積雪の重みに耐えかねて中央部分で破壊され、屋根が落下したことが認められる。

そうすると、右降雪と本件各鶏舎の屋根の落下との間に事実的(条件的)因果関係があり、本件事故は雪によるものと認められる。

もっとも、右降雪とこれによる積雪に加えて、本件各鶏舎に用いられた梁材やたる木材が細く、本件各鶏舎の構造耐力が脆弱であったことも、本件事故の要因となっていることは否定することができない。

三  請求原因5(「雪災」該当性)について

1 店舗総合保険普通保険約款一条二項には、「台風、せん風、暴風、暴風雨等の風災(こう水、高潮等を除きます。)、ひょう災または豪雪、なだれ等の雪災(融雪こう水を除きます。)によって保険の目的が損害を受け、その損害の額が二〇万円以上となった場合には、その損害に対して、損害保険金を支払います。」と規定されていることは、前記のとおりである。

2 右の「雪災」の定義については、店舗総合保険普通保険約款に明示されていないし、必要にして十分な定義づけをすることも困難であるから、結局のところ、社会通念及び保険の目的にしたがって判断するよりほかない。

被告は、「雪災」とは、異常な気象状況(三〇年以上経験しなかったほど稀で極端な天候)によって生じた雪による災害であると主張するが、店舗総合保険普通保険約款上、「雪災」を右のように限定する条項はなく、保険事故として、「風害」と並んで「豪雪、なだれ等の雪災」が明記されている本件保険契約において(原告でも、台風被害の場合には三〇年に一度の台風に限定するような解釈はとっていないであろう。)、右約款の「雪災」の意味を右のように極めて限定して解さなければならない理由はない。この点をさらに敷衍すれば、証拠(甲第一五、第一六、乙第四、証人佐藤賢、原告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、「雪災」の意味については、店舗総合保険普通保険約款及びパンフレットにその説明はなく、被告もこれといった明確なものを持ち合せておらず、実際に保険の勧誘及び契約を行う損害保険代理店にもその説明を行っていなかったこと、原告も、本件保険契約締結にあたって、損害保険代理店であるケンジャパン有限会社の佐藤賢から雪で鶏舎が潰れたら保険金が支払われる程度の説明を受けただけであることが認められる。ところで、一般に普通契約約款の作成にあたって、相手方が関与することはなく、相手方の意向が約款に反映されることはないから、約款の不明瞭な部分に関しては、作成者にその危険を負わせ、約款の作成者に不利に、相手方に有利に解釈されるべきである。したがって、約款上まったく明記されていないにもかかわらず、「雪災」にあたる場合を、被告主張のように限定する解釈は受け入れることはできない。

そして、店舗総合保険普通保険約款の意味内容は、約款に書かれた文字をみて、一般人がどう判断するか、言い換えれば社会通念を基準とすべきであり、このような見地から本件をみると、前記二1で認定した事実によれば、本件各鶏舎は、豪雪地帯対策特別措置法で豪雪地帯、特別豪雪地帯指定地域に指定されている山本郡山本町にあり、同地方でも七年ぶりの大雪によって、本件各鶏舎の屋根が落下したものであるから、社会通念からみて、本件事故は、店舗総合保険普通保険約款一条二項の「雪災」に当たるものと認めるのが相当である。

3  これに対し、被告は、本件各鶏舎は建築確認を必要とする建物であるにもかかわらず、原告は建築確認を受けておらず、本件各鶏舎は、建築基準法、同施行令に違反する違法建築物であると主張するが、これだけでは、被告が保険金の支払を免責される根拠が不明というほかない。

なお、被告の右主張は、本件各鶏舎が建築確認を受けない違法建築物であることが店舗総合保険普通保険約款二条一項(1)の保険契約者の「故意もしくは重大な過失または法令違反」に該当するとの主張と考えられなくもない。

しかしながら、被告が、本件各鶏舎について建築確認を受けていないことを殊更に秘匿したような場合には、右条項に該当することもありうるとしても、証拠(証人佐藤賢、原告代表者本人)によれば、原告は、被告代理店であるケンジャパン有限会社の佐藤賢から本件保険契約の勧誘を受けたこと、その際、原告は、右佐藤に対し、農業共済組合から、本件各鶏舎等に基礎がないために契約締結を拒否されたことがある旨説明し、右佐藤は、保険契約の締結は可能であると思うが、即答できないと述べたこと、後日、右佐藤は、被告能代支社の社員佐藤公咲を伴って現地に赴き、実地に事務所や鶏舎を検分したうえで、原告と被告間で、本件保険契約が締結されたことが認められ、右認定した事実に照らせば、被告は、原告から本件各鶏舎等に基礎がないことを告げられたことにより、本件各鶏舎が建築確認を受けていない建築物であることを認識し、本件保険契約を締結したのであるから、前記条項に該当しないことは明らかというべきである。

4  また、被告は、本件事故は、本件各鶏舎の構造耐力が弱かったために雪の重みにより梁材が中央部分において破壊されて、屋根が落下したものであり、構造計算により求められる安全な梁材が用いられていれば、起こり得なかったから、「雪災」には当たらないと主張する。

本件各鶏舎に用いられた梁材やたる木材が細く、本件各鶏舎の構造耐力が脆弱なことが、屋根の落下の原因となっていることは、前記二で判断したとおりである。

ところで、保険の目的となる物件の持つ危険性の状況は、地域、物件の性質、構造等によってそれぞれ異なるものであり、保険契約の締結にあたっては、保険会社は、ある地域、ある物件について、適用料率がその物の持つ実体的危険に応じたものであるか否かを判定したうえで、引受けの可否を決定し、標準物件に比して著しく危険度が高い物件については、引受けを拒否することができるのであり、他方、保険契約者は、右判定及び引受けの可否の決定に協力することはあっても、それ自体には関与できないのであるから、保険会社によって引受けの決定を経て保険契約が締結された以上は、保険契約者等が右の実体的危険性に影響を及ぼす事実に関して虚偽の事実を告知したなどの特段の事情のない限り、ある地域、ある物件によってそれぞれ異なる危険のリスクは、保険会社の側において負担しなければならないのは当然である。

これを本件についてみると、前記3で認定したところによれば、被告は、原告から、本件各鶏舎等に基礎がないために契約締結を拒否されたことがあるとの説明を受けて、被告代理店及び社員が本件保険契約の目的である本件各鶏舎等の状況を実際に検分したうえで、原告との間で本件保険契約を締結したのであるから、被告は、本件各鶏舎等の危険性を認識したうえで、保険を引き受けたと認めるのが相当である。したがって、本件の事実関係のもとでは、本件各鶏舎の構造耐力が十分でなかったことのリスクは、被告が負担すべきものであるから、被告の前記主張は理由がないというべきである。

5  そうすると、請求原因5の事実が認められる。

四  損害について

1  G3・4棟三二坪のうち東側C3棟部分一六坪の屋根が、GH棟四八坪のうち東側H棟部分二〇坪の屋根が、I棟六四坪のうち南側二四坪の屋根が落下したことは、前記二1で認定したとおりであり、証拠(甲第八、第一〇、第一七の一及び二、第一八の一ないし三、第一九、乙第二、証人佐藤賢、原告代表者本人)によれば、原告は、株式会社浅間製作所に見積りを依頼し、C3・4棟一四四万五五六〇円、GH棟四一八万〇一八〇円、I棟五三六万一八二〇円の合計一〇九八万七五六〇円の見積りを得たこと、原告は、右見積書に基づいて保険金の支払を請求したが、被告から保険金の支払を拒否されたこと、そこで、原告は、できる限り安い費用で現状回復を図るため、C3・4棟及びGH棟を修補し、I棟のみを建て直す方針を立て、株式会社浅間製作所に右修補及び建直しを依頼する一方で、原告において材料を購入し、また、原告従業員が屋根のトタン打ちや金網張りを手伝う方法をとったこと、原告は、株式会社浅間製作所に対し、請負代金としてC3・4棟五九万二〇〇〇円、GH棟八八万八〇〇〇円、I棟二三六万八〇〇〇円、諸経費一九万二四〇〇円、消費税一二万一二一二円の合計四一六万一六一二円を支払い、また、石岡建材株式会社に対し、トタン、たる木及び釘等の材料費として九七万六五一七円を支払ったこと、また、原告従業員延べ一八人がC3・4棟、二四人がGH棟、五六人がI棟の片付けに従事し、原告従業員延べ一六人がC3・4棟、二四人がGH棟、六四人がI棟の建て方手伝いに従事したこと、原告は、従業員を本件各鶏舎の修補及び建直しに従事させたことによる損害を人夫料一万二〇〇〇円として、二四二万四〇〇〇円と見積もっていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

右事実によれば、株式会社浅間製作所に支払った請負代金四一六万一六一二円及び石岡建材株式会社に支払った材料費九七万六五一七円は、本件事故により原告が被った損害であると認められる。

また、原告が延べ二〇二人の従業員を片付け及び建て方手伝いに従事させ、原告が見積もった一人当たりの人夫料一万二〇〇〇円も相当な額であるから、その合計二四二万四〇〇〇円は、原告が被った損害であると認められる。

そうすると、平成七年一月一七日から同月一九日にかけての降雪と積雪によって生じた本件事故により原告が被った損害額は、合計七五六万二一二九円となることが認められる(なお、本件各鶏舎の修補及び建直し費用を各鶏舎毎にみても、保険金額の範囲内である。)。

2  原告は、株式会社浅間製作所の見積書に基づいて、その見積金額を本件事故により被った損害であると主張し、その支払を請求する。

しかしながら、損害保険契約の損害填補契約性からいって、保険会社の支払う金額は実損害額の範囲にとどまり、本件各鶏舎の修補が可能である場合には、実際に要した修補費用のみが損害となり、証拠(乙第二、原告代表者本人)によれば、C3・4棟及びGH棟は、修補が可能であり、実際にも修補によって、現在も鶏舎として従前のとおり利用されていることが認められるから、実際の修補費用を越える見積書の金額をもって、本件事故により原告が被った損害と認めることはできない。したがって、原告の右主張は理由がない。

なお、I棟について、六四坪のうち南側二四坪の屋根が落下したにとどまったことは、前記1で認定したとおりであり、証拠(乙第二)によれば、被告の調査員は、残存部分の修補は可能であると判断していたことが認められるから、I棟についても、建て直すまでの必要性はなく、修補で足りたとみる余地がないわけではない。しかし、倒壊の態様及び程度や残部の損壊状況いかんによっては、修補が不可能であるか、また、修補が可能であるとしても、建直しの場合と金額的に異ならないということもありうるし、原告代表者は、被告から保険金の支払を拒否されて、できる限り安い費用で現状回復を図る方法をとったことは、前記認定したとおりであるから、右のような事情をもすべて考慮したうえで、C3・4棟及びGH棟は修補し、I棟は建て直すことにしたものと推認することができ、他方、被告においては、前記の調査員の判断も一応の判断にすぎず、I棟についての損害査定を行っていないため、I棟が修補で足りたことを証明するに足りる適確な証拠を持ち合せていない。

したがって、原告が被告に対しI棟の建直し費用を損害として保険金の支払を求めることが不当であるとはいえない。

3  原告は、弁護士費用を損害として請求するが、本件保険契約上、被告に対する保険訴訟の弁護士費用をも損害として、保険給付することが予定されていると解することには無理がある。

また、弁護士費用の請求を、被告が任意に保険金の支払をしないことによる債務不履行に基づく損害賠償請求とみるとしても、債務不履行による損害賠償として弁護士費用の請求は許されない。もっとも、不法行為に基づく損害賠償請求において弁護士費用が損害の範囲に含まれることとの均衡から、加害者に対する賠償責任を追及する不法行為的な類型のものの場合には、これを肯定する余地がないわけではないが、本件の場合には、右の場合には当たらない。

したがって、原告は、被告に対し、弁護士費用の支払を求めることはできない。

4  以上によれば、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づく保険金として七五六万二一二九円の支払を求めることができる。

五  よって、原告の本件請求は、被告に対し、七五六万二一二九円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民訴法八九条、仮執行宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官坂本宗一)

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